休憩室のビジネストーク

業務が一段落し、西日が窓から差し込む昼下がりの午後、誰もいない休憩室に呼び出され、結婚を機に、転職しようかと考えているのです、と相談をもちかけてきたのは同じ部署の後輩でした。転職するのは、構わないけれど、まずは結婚の報告を、私だけはなく上にするのが、常識なのではないか?と質問すると、転職してしまえば必要ない、との返答でした。なんだか世知辛い世の中です。最近の若い世代は、仕事とプライベートを分けたがる傾向は承知の上ではありましたが、いざ目の当たりにすると、不愉快ではありますが何も言えないものですね。そんな報告を受けた中、転職や結婚について詳しく聞いて良いものかと躊躇していると、後輩の方から、相手は同じ部署のKさんなのです。結婚相手が同じ社内の同じ部署だと、報告する上司の順序や、いざ披露宴では、誰を呼ぶとか呼ばないとか、披露宴の席は誰と誰が一緒でなくてはならないとか、皆さんの前での気の利いたスピーチを考えるだとか、面倒だからいっそのこと2人でこのまま転職でもしよう!という話しになったとの事でした。長年、お世話になった職場の人間への感謝の報告は必要ではないのかい?と、思わず、後輩の胸元を掴んで「誰に育ててもらったのだ?」と、怒鳴ってしまいそうになりましたが、深く息を吐いて持ちこたえました。前途多難な2人が、決めた事なのだから口を挟まない方が良いのだと、自分に言い聞かせました。彼らの秘密を知ってしまった以上は、彼らが転職を成すまで、私は口を封じておかなければならない立場になりました。どうせならば、聞かない方が良かったなぁ。お祝金の用意などを、先輩として考えなくてはならないと思った瞬間、後輩から一言、お祝金などの回収は先輩にお願いしても良いですか?と自分達の結婚の事実を伝えても良い人の名が書かれた名簿を一枚渡されました。。一方的に去っていく職場仲間を誰が、祝福すると言うのだろうか・・・、何と返事をして良いのか答えはみつかりませんでした。が、たしかに、彼らの行動は、社会人として不可解な点はあるけれど、ビジネスマナーや社内ルールに、雁字搦めに括られた人生を送る我々の窮屈さを表現しているのかもしれないと反面を思う事にしました。彼らなりに、それまでのキャリアを失ってでも、得たいものがあるのかもしれないと、自分に言い聞かせました。実際、形式的なものに囲まれた社会や職場の中で、個人的な結婚の報告をして、何人が純粋に喜んでくれるのだろうか・・・、そう考えると、彼らが選択した転職は、新たな道を切り開く自己表現であるのかもしれないと、その場では自分を納得させました。前触れもなく休憩室に呼び出され、話を聞いた直後、後輩の自分勝手な行動に腹が立っていましたが、2人の結婚が御めでたい事には変わりありません、悪いようにはならないようにと願うばかりです。噂が広まると社内の風紀の乱れもあるので、彼女と君の転職が決まるまでは、名簿に名のある人にも結婚を公表はしないと告げると、先輩、本当にありがとうございます。こんな出鱈目な後輩をかばって下さるなんて光栄です。お世話になりました、私の家内の新居の連絡先です、とメモ書きを渡すなりペコリと一礼して1人足早に休憩室を出て行ってしまいました。私はそんな彼の後ろ姿を見ながら、途方もない無力を感じていました。なんとも言いようのない、ふがいない自分自身に、腹が立ってきて、どこにもはけ口がみつからなかったので書き込みをしてみました。

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